« 「そうそう、何故COBITOなんですか?」 | トップページ | 12.ヒトエ »

2004.03.14

テクノロジーと音楽

テクノロジーの進化は時として音楽にも大きな影響を与えます。
最初の大きなテクノロジーは間違い無くレコードの発明だったと思います。次はPA装置、その後は電子楽器、いわゆるシンセサイザーではないかと思います。

元々シンセサイザーは生楽器のシミュレートから始まっています。ピアノ音の合成、楽器音の合成などです。電子楽器の初期はVCOを中心としたアナログ音源でした。MoogやOscar、オーバーハイムなど多くの名器が存在しました。その音源モデルは非常にシンプルで、今でも考え方を利用しています。その次はFM音源方式、ヤマハのDX7が時代を席巻しました。他社からもデジタル音源方式のシンセサイザーが色々と発売されています。テクノと呼ばれる音楽はシンセサイザーによってもたらされたといえるかもしれません。

音源方式で合成という概念から逸脱しているのがサンプリング技術を利用した、サンプリング音源です。サンプリング音源は音声を合成せず、実際の音声を記録しそれを加工して発音するもので、サンプラーと呼ばれています。このサンプラーによって確立した音楽がヒップホップです。このように新しいテクノロジーが音楽に与える影響は大きいです。

Deepさんの今度はラッパ吹いちゃってますで紹介されたトランペットを演奏するロボットはこれまでのアプローチとはことなり、演奏する人間をシミュレートしています。私もテレビを見て、びっくりしました。ちゃんと演奏できています。

私達は、失業ですね・・・。
Deepさんは書いていますが、昔も同じようなことがあったように思います。それはリズムマシーンが製品化された頃、多くのドラマーが職を失うという危機感をいだいたらしいです。しかし、実際は音楽というものを楽器を演奏できない人間にもその機会を与えたということで、音楽の裾野をひろげたと思っています。

テクノロジーと音楽が音楽を聴く人にも演奏する人にもよりあたらしい可能性を見出してくれることを期待します。

« 「そうそう、何故COBITOなんですか?」 | トップページ | 12.ヒトエ »

コメント

富山いってきたですよ。お魚おいしかったです。
でも楽しくお酒飲んでたら、会社から呼出電話かかって来て途中退席...残念!

>しかし実際は音楽というものを楽器を演奏できない
>人間にもその機会を与えたということで、>音楽の裾野をひろげたと思っています。

これねぇ、俺昔からギモンだったんだよね。
裾野が広がると、こんどは勘違いする連中も増えてきて、
まぁそれやっている人達は楽しいんだろうけど、
どっちかというと聞くのが好きな俺みたいな人には
ゴミ音楽が増えて不快に思う事も多かったりして。
まぁ、オープンマインドじゃない(心が狭い)といわれりゃ
それまでなんだが...

やっぱ、こう俺の好きな音楽っつーのは「人間の肉体を
介したリアルタイムフィードバック系を持つもの」
だな。冨田功(こういう字だっけ?)とかが出てくる
前の時代はすべての音楽がそうだったんじゃないかと
思うのだが...サンプリング音楽なんてのがその対極か...
俺様にいわせりゃあんなの「音楽モドキ」だ!

-sasaki@頑固オヤジ

冨田勲でんがな。

それはさておき、確かに「勘違いする連中」は増えるかもね。「勘違いする連中」が「勘違いする連中」に受けてムーブメントになるとなんとなくみんなそっちに流れていってしまっている感は否めない。特に日本の場合。まぁJAZZって単語も「くだらない」って意味だからこういう議論は何度となく繰り返されているんでしょう。そういう動きに迎合するつもりはさらさらないのだけどね。
# 個人的には日本語ラップ系ミュージシャンと浜崎あゆみには辟易しているけど。

 なんかね、昔MIDIの打ち込みに凝ったことがあって。。。
 4ビート特有のタイミングは一体どうなってんのかな?っていろいろやってみたさ。トップシンバルのレガートの配分はもちろん、ハイハットを微妙に遅らせ、ベースをちょっとツッコミ気味に。。。クォンタイズぎりぎりの値をいろいろいじってみるとね、「お!これだ」っていうのが見つかるワケですよ。そのほかにも例えばギターの16分音符もプレイヤーによってはレガート気味に弾いていたり(マイク・スターンとか)、ジャストで弾いていたりと、いろいろ発見があったよ。打ち込みをやってみることによって音楽の凄さを再発見したというかね。オレにとってはそういうメリットがあったよね。cobitoやsasakiや、オレなんかだとそういう打ち込みタイコはすぐ見抜けると思うけどさ、そうでない一般の人にとっては恐らく「気持ちのいいビート」になっちゃってるのかも知れない。オレはいわゆるシーケンサーによる音楽ってのは「音楽のシミュレーション」なんだな、と思ってます。存在そのものを否定する気持ちはないし、とても面白いものだとも思う、だけどあれは音楽じゃないよね、みたいな漠然とした思いはあるです。
 実は楽器そのものの音に関しても、イコライザーやコンプレッサーを掛けると全然変わって来ちゃうよね。ヴォーカルなんかもエンハンサーとかかけちゃうし。アイドル系の歌だと、音節一個一個をバラバラにしてcent単位で音程を合わせていく作業が膨大だとか。そういう加工品がCDなのですな。

シンセザイサー>楽音のシミュレーション
シーケンサー>演奏者のシミュレーション
シーケンサーでシンセサイザーを演奏>音楽のシミュレーション
演奏に人間が介在していなければ「だけどあれは音楽じゃないよね、みたいな漠然とした思いはあるです。」という思いになりますね。「あれは本物じゃないし。」みたいな。

手前味噌ですが自分が開発に携わったEWIやMPCは人間が「吹く」「叩く」ということを基本にしてますので練習しないと演奏できません。でてくる音は人間の骨格に影響されないのでみんな同じような音色にすることは可能ですが息づかいは人それぞれですので「演奏してるな」って感じはします。ジャズ系の人たちはこの演奏感って大事ですよね。電子楽器といえどもそういうスタンスで演奏されていれば「楽音のシミュレーション」から「新しい音色」となる。Return to Foreverだってあの音色でないと、ね。

ところが、フレーズサンプリングとかリミックスになってくると音楽に対する違和感が感じまくり。なんていうか、「他人のふんどしで相撲を取る」感が強くてダメです。あと、昔のヒット曲にラップを重ねてヒットしてるのとかも。正直「なにか新しいことしろー!」みたいに感じてしまいます。

>「なにか新しいことしろー!」
先週までTBSでやってた「砂の器」ってドラマがあるけど、このテーマ曲がまたヘボイ。設定的には、劇中の新進気鋭の作曲家がピアノ協奏曲を作り上げるっ
ていう事になってる。そういう設定だから、よっ
ぽど心を打つような曲にすべきなんだろうけど、
そこは所詮テレビドラマ。
どこかで聞いたことのあるような陳腐なメロディ、リズム、ハーモニーの連続です。それを延々聞かされるものだから
また辟易してしまう。ふと思ったのが、これって同じTBSの「渡る世間は鬼ばかり」(羽田健太郎)のテーマ曲もそうだよな~と。んで、クレジットロール
見て驚いたのが、その劇中の吹き替えピアノってのが羽田健太郎でした。

やっぱ「ミュージシャン」も、いろいろ居て、「いろんな過去の音楽の引出しもってて、
それを組み合わせてにも新しく作ったよう
なサウンドを生み出す」ってのを専ら生活の糧に
している人々もいるんだな~(しかも特定のところ
に固まって)と思った次第。それも電気vsアコー
スティックの対立とは全く関係なく。
彼らは芸術家というよりは技術者かも...

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7658/1385338

この記事へのトラックバック一覧です: テクノロジーと音楽:

« 「そうそう、何故COBITOなんですか?」 | トップページ | 12.ヒトエ »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ